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映画『陰陽師』で道尊(真田広之)の策謀により、晴明(野村萬斎)が危うく斬罪になりそうなシーンで、その制止役として左大臣・師輔(矢島健一)が登場しますが、この人物は劇中で“生成り”となる祐姫(夏川結衣)に命を狙われる皇子の母親の父でもあります。
この皇子の母親は劇中で“女御・任子”とキャスティングされていますが、歴史上での該当モデルは師輔の娘で村上天皇中宮となった安子と推察されます。
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九条流の祖 |
『平安京の光と闇』でご紹介しましたが、藤原氏内の権力争いは、天安2年(858)に房前の孫である良房が摂政、元慶4年(880)にその息子の基経が関白に任じられて以降、摂政・関白の地位を北家が独占することとなり、私たちが学生時代の社会・日本史の授業で苦しめられる(?)『摂関政治』、または『摂関時代』とは、まさに安倍晴明が生きた時期に興隆、最盛期を迎えた時代です(^^;)
話が横道に逸れましたが、摂関の地位を北家が独占した後、北家内で起こった主導権争いに勝ち残ったのが“九条流”と呼ばれる師輔の流れです。
師輔は関白・基経の四男で摂政・関白となった忠平を父に、宇多天皇時代末期に右大臣となった源能有娘・昭子を母に延喜8年(908)に誕生しました。
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藤原師輔略系図 |
 | | 阻まれる昇進 |
映画『陰陽師』の中で“左大臣”として“師輔”なる人物が登場しますが、史実の藤原師輔は28歳の時に従四位下で参議となり、権中納言を経て大納言に至り右大臣となり、53歳で死亡しました。
映画製作に際して村上天皇期には関白・忠平の死後は関白職を置かなかったため、朝堂での補任に不可条件の必要な摂政・関白・太政大臣を除いた最上位が左大臣だったということまでを意識なさったのか否かは不明ですが、少なくとも劇中に朝廷の最高権力者たる威厳を持って登場する左大臣・師輔は史実には存在していません。 師輔の母は仁明天皇皇子である右大臣・源能有の姫・昭子であり、血の尊貴は言うまでもありませんが、8歳年長の異腹兄・実頼の母は宇多天皇の皇女・順子で、師輔の母・昭子の“二世源氏”よりも天皇に近い“一世源氏”と言われる血筋です。
長兄である実頼は師輔の生涯、上座に座し、父の関白太政大臣・忠平の死後は左大臣として、朝廷の第一座に君臨していました。 また醍醐天皇中宮・穏子は父・忠平と同母妹で、朱雀天皇・村上天皇と実頼・師輔とは従兄弟関係となります。
朝廷での立場の安定、また権勢の増強を図る手段は天皇の外祖父となること。
そして師輔は朱雀天皇の弟で皇太子候補の最有力者・成明親王と娘・安子を結婚させます。
二人の婚姻の儀が執り行われたのは成明親王の立太子に先んじること4年、天慶3年(940)4月のことで、当時の成明は一介の親王に過ぎませんでした。
しかし4年後には皇太子となり、天慶9年(946)には兄天皇の譲位を受けて村上天皇となります。
その4年後には安子に待望の皇子・憲平親王が誕生し、二ヵ月後には立太子に成功しますが、孫の即位を待たず、外祖父としての権力を揮うこともなく死亡しました。
その死を記す天徳4年(960)の公卿補任は師輔の官位を『従二位右大臣』と伝えています。
劇中で“生成り”となる祐姫(夏川結衣)の最強のライバルとして登場する姫の名前は“任子”(国分佐智子)とキャスティングされているようですが、史実ではこの右大臣・師輔の娘・安子が該当すると推測できます。
『陰陽師』の複主人公とも言える伊藤英明さん演じる源博雅の哀しい恋のお相手として登場する祐姫を鬼に成さしめた村上天皇女御・安子についてご紹介します。
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